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大阪高等裁判所 昭和63年(ネ)2334号 判決 1990年7月26日

控訴人

ゴールド・マリタイム株式会社

右代表者代表取締役

丹羽基

右訴訟代理人弁護士

田邉満

被控訴人

越牟田政亮

右訴訟代理人弁護士

野田底吾

羽柴修

古殿宣敬

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

(控訴人)

一  原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

二  右部分につき被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

(被控訴人)

主文同旨

第二  当事者双方の主張及び証拠関係は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する(但し、原判決六枚目裏一一行目「同年一一月月」を「同年一一月」と訂正する)。

一  控訴人の当審における主張

1  本件出向規定を設けることの合理性について

出向についての改正就業規則の規定が「他の会社または団体に出向させることがある」となっているとはいえ、控訴人の業務に関連する範囲で行われるものであり、自ずから限界があることは当然であるから、包括的な条項の故をもって、従業員に不利益であるとはいえない。

控訴人は、新たな業務を取り扱う必要から、関連企業との協力関係を強化するため従業員の出向を行う必要があること。出向にあたっては身分を保障し、出向期間を原則として三年以内とするとともに給与、賞与、昇給、昇進、役職、福利厚生等について社内勤務者と同様に取り扱うことにしており、従業員にとって不利益なものでないこと、従業員を代表する労働組合との間で出向について本件労働協約を締結し、これに基づいて改正就業規則に出向に関する規定を定め、多数の従業員の同意を得ていること等から判断すると、右就業規則の出向規定は合理的なものであるといわなければならない。

2  本件出向命令の合理性、必要性について

本件出向先である辰巳商会は、傘下に倉庫業、海運、船舶等の子会社を抱える大企業であって、営業強化を図る控訴人にとって同商会との業務提携は非常なメリットがあったことから、控訴人の親会社(オーナー)のジム・イスラエル汽船株式会社も乗り出して、辰巳商会と種々長期にわたる提携計画の交渉がされていた。これらの具体的内容については控訴人内部においては絶えず検討が加えられていたが、あくまで極秘扱いとされており、本件出向命令当時被控訴人に対してその内容を説明することはできなかった。

しかし、両社の提携計画の進行に伴ない、昭和六三年四月一四日に辰巳商会(名義人は辰巳商会の一〇〇パーセント子会社である東南興産株式会社)にジム・イスラエル汽船株式会社の持株のうち六万四〇〇〇株が譲渡され、同年五月二五日には辰巳商会の浜口取締役ら三名が控訴人の役員に就任し、同年八月一日には控訴人の本店及び南港事務所を辰巳商会本店のある大阪市港区築港四丁目一番一号辰巳ビルに移転するに至った。

本件出向命令による被控訴人出向後の勤務地は右辰巳商会ビル内であったし、出向後の被控訴人の仕事も右浜口取締役付業務を行うことが予定されていたものである(昭和六三年八月一日より、控訴人は辰巳商会に対し、船荷目録作成のためのコンピューター入力、船荷証券の作成、入港船の入出港手続等の業務を委託している)。

以上のとおりであって、本件出向命令には合理性、必要性があったものである。

二  被控訴人の当審における主張

1  控訴人の右主張1は争う。

改正就業規則による出向規定の創設は被控訴人にとって明らかに不利益変更となるものである。従って、右創設については、その必要性と労働者の不利益を緩和させる措置等合理性を要するところ、これらについて何らの合理性も見られないことから、右就業規則を出向命令権の根拠とすることはできない。

2  控訴人は、昭和六三年四月一四日以後資本、役員関係につき、辰巳商会の傘下に入ったから、本件出向命令も合理性を持つと主張する。

しかし、これは正しく話が逆転している。すなわち、本件出向命令当時は右のごとき関係になかったからこそ、控訴人は被控訴人に対し、出向先における具体的労務指揮関係、労働条件等を十分に説明し、被控訴人の承諾を得るように努める義務があったのではないか。

ところが控訴人は、こうした努力を一切することなく業務命令を振り回したのである。控訴人のこうした頑な態度に一息入れるべく、被控訴人は代理人を間に入れ、或いは年休権を行使したのであって、正にやむを得ないことであった。

また控訴人は、辰巳商会とのいわゆる業務提携の重要性を口にしながら、他方では被控訴人が使いものにならない男だと繰り返し主張している。とすれば、何故、被控訴人を辰巳商会に出向させるのか、全く矛盾している。

しかも、今日に至るまで、被控訴人に代わる者が誰一人も辰巳商会に出向していないのであるから、右矛盾はますます露呈しているのである。

結局、控訴人にとっての出向の必要性とは、被控訴人を隔離する必要性以外にはないということになる。本件出向命令は権利の濫用である。

三  当審における証拠関係は、当審記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。(略)

理由

一  原判決理由一ないし三(原判決一四枚目表二行目より一七枚目裏九行目まで(本誌五三二号<以下同じ>73頁3段12行目より74頁3段11行目まで))に判示するところは、次のとおり付加、訂正するほか、当裁判所の判断と同一であるから、これを引用する。

1  原判決一四枚目表一一行目「成立に争いのない(略)」の前に「右争いのない事実のほか、」を、同末行目「乙第二二号証(略)」の前に「但し、」を、同裏三行目「並びに(略)」の前に「弁論の全趣旨によって成立が認められる甲第一六号証の三」を、同五行目「乙第二二号証(略)」の前に「乙第一三号証の記載、(略)」、後に「の供述記載部分」をそれぞれ付加する。

2  同一五枚目表一行目「つた。」(73頁4段6行目)の次に「被控訴人のビルマ部経理本部長就任により、同部の構成員は、被控訴人、城谷業務部長他二名(小丸、間宮)の四名となった。」を、同三行目「なってからも(73頁4段8行目)」の次に「協調性に欠け」を、同六行目「社員のうち(73頁4段13行目)」の次に「城谷業務部長及び間宮の」をそれぞれ付加し、同八・九行目「上司の許可を得ず(73頁4段17行目)」を「、小丸に告げただけで、上司の斉藤取締役になんら連絡をとらないで、」と改める。

3  同一五枚目裏二行目「被告は、(73頁4段24行目)」から同四、五行目「検討した。(73頁4段28行目)」までを「被控訴人は、第一次解雇処分を不服とし、抗弁1(三)記載のとおり大阪地方裁判所に地位保全の仮処分を申請したところ、同裁判所がこれを認容する旨決定したので、控訴人は右決定を尊重し、被控訴人に対する第一次解雇を取り消したが、」と改め、同五行目「ビルマ部では(73頁4段28行目)」の次に「城谷業務部長も解雇し、」を付加する。

4  同一六枚目表三行目「部長から(74頁1段10行目)」の次に「本社総括責任者付の」を加え、同裏九行目「なされた。(74頁2段6行目)」を「なされたものの、」と、同末行目「あるので(74頁2段11行目)」を「あるとして」と、同一七枚目裏四行目「あり(74頁3段3行目)」を「あるとして」とそれぞれ改め、同五行目末尾「前(74頁3段6行目)」以下同七行目「認められ、(74頁3段9行目)」までを削除し、同九行目「難い。(74頁3段11行目)」を「難く、」と改め、その次に「乙第一四号証によるも右事実を認めるには足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。」を付加する。

二  出向義務について

抗弁2(二)(2)、(4)の事実、本件出向命令当時被控訴人が労働組合員でないことは当事者間に争いがなく、右事実のほか、(証拠・人証略)の結果を総合すれば、次の1ないし3の事実が認められ、この認定を動かすに足りる証拠はない。

1  控訴人は、昭和四七年三月三日、その従業員で組織する労働組合との間で、転勤及び出向に関する本件労働協約を締結したところ、右協約によれば、「出向とは会社及び組合に在籍のまま一定期間会社以外の職場で駐在勤務することをいう。また、その出向先について会社と資本的ないし業務上密接なつながりを持つ関連法人への派遣もしくは駐在勤務を建前とする。出向期間は原則として三年以内とする。出向に伴う付帯事項については、人事異動による転勤の条項すべてを適用するものとする。」等の労働条件について定められているが、被控訴人は、右協約締結当時右組合の執行委員長であったところ、昭和五三年ころ管理職になったことを契機に労働組合を脱退した。

2  被控訴人入社当時、控訴人には就業規則はなく、昭和三五年に制定された就業規則にも出向に関する定めはなかったが、同五七年九月一日施行の改正就業規則(以下「改正就業規則」ということがある。)において初めて、「会社は従業員に対し、他の会社または団体に出向して勤務をさせることがある(一〇条一項)。前項の出向については身分、労働条件を保障し、かつ別に定める「従業員出向規程」にもとづき行なう(同条二項)。」との規定が設けられたが、同時に、懲戒事由の一として、「正当な理由なく出向を拒んだとき(四六条九号)。」との規定が置かれた。また、「出向規程」には、従業員で就業規則一〇条により、出向を命ぜられた者の取扱いについての定めとして、出向期間を原則として三年以内とする旨、出向社員は休職とし、出向休職期間は控訴人の勤続年数に算入する旨、給与及び賞与は控訴人が支給し、給与及び賞与の額、昇給及び昇進、役職及び身分、人事や福利厚生等について社内勤務者と同様とする旨、服務規律、労働時間、休暇等の労働条件については出向先の就業規則による旨、出向期間が満了しまたは任務を終了したときは速やかに復職させる旨各定められた。

そして、改正就業規則及び出向規程制定に際し、控訴人は労働組合に対し意見書の提出を要求したが、同組合から特に反対意見が表明されたとか、団体交渉等の申入がなされたといったことは窺われない。

3  控訴人はその後、昭和五六年から同五八年までの間エイエムマリタイム株式会社へ二名、同五四年から現在までジム・アメリカン・イスラエリ・シッピング・カンパニーへ二名(この二名は米国に駐在している)をいずれも出向させているところ、前者の株式会社は控訴人が五〇パーセントの資本参加を前提とし業務提携を強化しようとしていた会社であり、後者のカンパニーは、控訴人の親会社であるジム・イスラエル汽船株式会社の一〇〇パーセント出資会社であって、控訴人のいわば兄弟会社にあたるものであり、いずれの場合も資本的ないし業務上密接な関連性を有する法人への出向である。

4  以上1ないし3の事実によれば、改正就業規則において新たに出向に関する規定をもうけたことは、従業員にとって労働条件の不利益な変更にあたるというべきであるとしても、右規定は、労働組合との協議を経て締結された本件労働協約に基づくものであるのみならず、その内容において、出向先を限定し、出向社員の身分、待遇等を明確に定め、これを保証しているなど合理的なものであって、関連企業との提携の強化をはかる必要が増大したことなど控訴人の経営をめぐる諸般の事情を総合すれば、出向に関する改正就業規則及び出向規程の各規定はいずれも有効なものというべきであり、その運用が規定の趣旨に即した合理的なものである限り、従業員の個別の承諾がなくても、控訴人の命令によって従業員に出向義務が生じ、正当な理由がなくこれを拒否することは許されないものと解するのが相当である。

三  被控訴人は、本件出向命令は権利の濫用であると主張するので判断する。

抗弁2(三)(1)の事実は当事者間に争いがなく、右事実のほか、(証拠・人証略)を総合すると、次の1ないし5の事実が認められ、この認定を動かすに足りる証拠はない。

1  辰巳商会は、昭和五五年一二月一六日控訴人との間で締結されたターミナル荷役業務契約に基づき、大阪南港コンテナーターミナルにおけるコンテナーの受け入れや送り出し、本船への積み込み等の荷役作業等を請負っている控訴人の下請業者であり、本件出向命令当時控訴人とは資本的ないし人的な関係はなかった。しかし、控訴人との取引量が多いため、辰巳商会においては、右契約締結当時から、その社員を一名ずつ控訴人の南港事務所に出向させ、控訴人に対しても辰巳商会へ社員を出向させるよう要請していたが、控訴人の側では余剰人員もなかったことから、右要請には応じないでいた。

2  そして、控訴人においては、本件当時まで、前記のように、エイエムマリタイム株式会社に二名、ジム・アメリカン・イスラエリ・シッピング・カンパニーに二名それぞれ出向させる等、資本的ないし業務上密接な提携関係にある会社への出向を命じたことはあるが、他には社員を出向させた例はなかった。

3  しかし、控訴人においても、辰巳商会との間の業務の円滑化を一層促進しその協力関係を強化するため、昭和五九年一一月一日、同商会との間で人事交流に関する確認書を作成して相互に社員を出向させることとしたが、辰巳商会へ出向させるべき人物は、コンテナー荷役業務の研修を行うとともに辰巳商会との仲介役を勤めることのできる有能な人物と考えていた。

しかるに、控訴人は、被控訴人について、協調性がなく勤務態度も不良で、管理者としての適性を欠き、第一次解雇を取り消した後も控訴人の職場内には復帰させるべき余地のない人物であると評価していた。

4  そして、そのためか、控訴人は、辰巳商会との間では、被控訴人が部長職にあることやこれまでの経緯を話したにとどまり、出向後の具体的な職務内容等について協議することもなく、辰巳商会の浜口取締役の補佐役にあてることが予定されていただけであり、被控訴人に対しては、本件出向を命じた際にも、出向の必要性や辰巳商会における仕事の内容、労働条件については一切説明をせず、出向先で指示を受けるように命じた。

5  被控訴人は控訴人に入社以来、昭和五四年九月に本社のロイヤルコンテナーライン本部長に転出するまでずっと神戸支店に勤務しており、辰巳商会とは職務上の関係もなく、また、被控訴人が本件出向を拒否した後、現在に至るまで、被控訴人に代わり、辰巳商会に出向した者はいない。

6  以上1ないし5の事実に前記引用にかかる原判決理由二2で認定の事実(原判決一四枚目裏六行目から一七枚目表二行目まで(73頁3段27行目から74頁2段13行目)、但し前記付加訂正後のもの)を総合すると、控訴人のなした本件出向命令には、その業務上の必要性、人選上の合理性があるとは到底認められず、むしろ、協調性を欠き勤務態度が不良で管理職としての適性を欠くと認識していた被控訴人を、出向という手段を利用して控訴人の職場から放逐しようとしたものと推認せざるを得ない。

なお、控訴人は、当審における主張2において、控訴人と辰巳商会との間には昭和六三年四月以降資本面ないし役員面での提携をはかり、本店所在地を辰巳商会ビル内に移転したことを理由に本件出向命令の合理性、必要性をいうが、本件出向命令発令後三年余を経て生じたこれらの事情によって、その合理性、必要性を根拠づけることは相当ではなく、右主張は失当である。

そうすると、本件出向命令は業務上の必要があってなされたものではなく、権利の濫用に当たり、同命令は無効というべきである。

四  原判決理由五、六(原判決二二枚目表六行目から二五枚目表八行目まで(75頁3段31行目から76頁3段10行目まで)に判示するところは、次のとおり改めるほか、当裁判所の判断と同一であるから、これを引用する。

1  原判決二二枚目表八行目から一二行目まで(75頁4段3行目から9行目まで)を次のとおり改める。

「本件出向命令が無効であることは前示のとおりであるから、正当な理由なく出向を拒んだことを懲戒事由とする改正就業規則四六条九号の規定の適用はないので、被控訴人が本件出向命令を拒絶したことは懲戒処分事由とはならない。」

2  同末行目「三日から同月(75頁4段10行目~11行目)」を削除する。

3  同二三枚目表二行目「前記二2(七)(75頁4段31行目)」を「前記引用にかかる原判決理由二2(七)(原判決一六枚目裏一二行目から一七枚目表二行目まで(74頁2段9行目から13行目まで)、但し前記訂正後のもの)」と改める。

五  よって、被控訴人の本訴請求中、被控訴人が控訴人に対し労働契約上の地位を有することの確認、右労働契約上の賃金請求権に基づき一七七六万〇六六〇円及び内金三二五万二二六〇円に対する昭和六三年四月一日から完済まで年五分の割合による遅延損害金並びに昭和六二年四月以降毎月二五日限り月額四六万七五八〇円の支払を求める限度で理由があるとして認容し、その余を失当として棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 後藤文彦 裁判官 古川正孝 裁判官 川勝隆之)

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